黙 っ て い れ ば
がりにょ普ですよ
「お前、結構モテるけど本命に振られるタイプだろ?」
振り返るといつの間に帰って来たのやら軍服のプロイセンが立っていた。
訓練でもしていたのか、タオルを首に引っ掛けて汗を拭っている。
俺はオーストリアさんに会いに来たのだが、彼はまだピアノを弾いているようだったので部屋の外でぼんやりと待っていた。
ここは今、ドイツの家でもあって、オーストリアさんの家でもある。
だからここでプロイセンに会うのはおかしくもなんともない。
自分よりだいぶ低い位置にあるプロイセンの顔を見て眉をひそめた。
「はあ?」
「お前、街の娘たちに王子様みたいだのなんだの言われてたぜ…よっ、王子様!」
そう言うとプロイセンは耐えきれないとでも言うように吹き出した。
失礼な奴だなと思いつつも、反論はしなかった。王子様かどうかはさておいて、本命に振られるのは本当のことだ。
女の子から声をかけられることは少なくはないけれど、本命にあんなに熱に浮かされたような目で見つめられたことはない。。
しかし王子様ってなんだ、中性的な顔してるからか。ちょっとコンプレックスなのに。
ていうか本命お前なんですが。
割とわかりやすくアプローチをかけてもこいつは冗談や嫌みとしか受け取らない、お前が本命なんだよ、この鈍感。
目の前のちんちくりんは俺の気も知らずについには腹を抱えて笑い出した。よっぽどツボにはまったらしい。
「お前実は不器用だし力加減わかんなさそうだもんな~…ぷっすー!王子様て!」
不器用?ああそうだよ、だからこそだ。
俺がこの微妙な距離感を保つのにどれだけ苦労しているか知らないくせに!
プロイセンとの人付き合いでは奴の保ちたい距離を壊さないことが重要である。
一歩でも奴の許容範囲外に踏み込めば何ともない顔をして五歩下がってしまう。つまり四歩離れてしまうのだ。
そうだ、こいつは本来、用心深い。
滅茶苦茶やってるようで、俺だって一応弁えるところは弁えてるんだからな。
つまり、プロイセン相手に容姿は何のプラスにもならない。
百人の女の子が惹かれてくれたって一人の本命が見てくれないのならそんな評価に何の意味がある?ああ、畜生。
「あのなぁ…」
「お前、黙ってれば顔はいいもんなあ」
それを聞いて俺が口を閉じるとぷつりと間が生まれた。
沈黙にハッとしたようにプロイセンは顔を上げた。赤い目がゆるゆると瞬きをして、それから泳ぐ。
生意気な笑みを浮かべていた口元もあわあわと言葉を探っていた。
「あ、いや、オレは一般論としてだな…」
「へえー、顔はいいんだー」
白々しく返してやる。
この廊下にすらしっかり空調が行き届いた家の中で、引いた筈の汗をまたたらたらと流しつつプロイセンは口をぱくぱくさせた。
やばい、笑いそう。かわいい。
口元の筋肉を引き締めて、その様子を壁に背を預けたままじっと見つめているとプロイセンは俺の視線に気付いて顔を上げた。
そして眦をつり上げて、やけになったように叫んだ。
「だっまっ、黙ってれば!って言ってんだろ!このエセ王子!」
…それは罵倒なのか?と思うと同時に目の前の部屋からピアノの音が途絶えた。
恐らくプロイセンの叫び声が聞こえたのだ。このままでは説教されるだろうと思ったプロイセンは慌てて逃げようとした。
俺はその背中に出来る限りの最高の笑顔を向けて声をかけてやった。
「お前は黙ってなくても可愛いけどな」
がっしゃーん!と派手にすっ転んだ音がした。
しかし俺は正面のドアを開いて顔を覗かせたオーストリアさんに挨拶をしたので、プロイセンがどんな顔で此方を振り返ったか知らない。
「おや、ハンガリー。来ていたなら声をかけて下さっても構いませんでしたのに」
「俺がオーストリアさんの演奏を聴いていたかったんですよ」
「ところでプロイセンの声がしませんでしたか?家の中で騒ぐなとあれほど言ったのに」
「さあ、気のせいじゃないですか?」
がりにょ普ぷまい。
(10.10.29ログ、11.03.21up)