悲劇に終止符はない
アーサーさんが非常に病んでます
本田がかわいそうです。キャラがキャラ殺しています
「……俺は、菊を…」
幼いころに両親が他界してから、アルフレッドと二人きりだった。
親戚は誰も信用できない。両親の残してくれた遺産で何とか二人、暮らしてきたのだ。
俺は、もう何日も家から出ていない。いつもはこまめに整頓する部屋は、今はもうめちゃくちゃだ。
それもこれも、今までアルフレッドが帰って来なかったからだ。
アルフレッドがまた得意のかくれんぼでもしているのかと思って、家の中を引っかき回すことになったから。
あいつはまだ小さい。だから隠れるのも上手い。同年代の子供たちの中では長身なのだ。ただ、俺にはまだまだ及ばない。
まだ十二になったばかりのアルフレッドと、このあいだ成人した俺。隔たりは大きい。
けれど、暖炉の灰を引っ掻き回しても家じゅうのクローゼットを開けても弟はいなかった。
ようやく帰ってきたアルフレッドは驚いたのだろう。
部屋の惨状を見てアルフレッドがぺたりと座り込んで、それから咳き込んで嘔吐した。
おそらくこの酷い死臭に耐えきれなかったのだろう。俺は、アルフレッドに向かい合うように座り込んでいる。
だが、目を伏せたままアルフレッドの顔をなかなか見ることが出来ない。
せっかく、数日ぶりにアルフレッドが帰って来たというのに。俺は項垂れて愛しい弟の顔を見ることすら出来なかった。
何故なら俺は、アルフレッドの友人を殺してしまったから。
本田菊はアルフレッドに引きずられながらも、あいつのわがままによく付き合って面倒を見てくれる子供だった。
菊とは、アルフレッド同様長い付き合いになる。
とはいえ、俺自身は菊と特に親しく話すことはなかった。あくまでも菊はアルフレッドの友人であったし。
関わりといえば、たまにアルフレッドと三人で買い物に行ったり、勉強を教えてやったり、そんな程度だ。
だが、菊は俺を慕ってくれたし、俺も弟の傍に居てくれるこの優等生には感謝していた。
アルフレッドがいなくなって三日目、菊が訪ねてきた。
弟はかつて熱を出して汗ばんだ体を引きずって学校に行こうとしたことがあるほど、学校の「皆勤賞」に執着していた。
そんな弟が何の連絡も無しに学校に三日間も来なかったのだ。菊は三日分のプリントを大事に折って、家にやって来た。
しかしチャイムを鳴らしても反応がない。ドアを押してみれば鍵がかかっていない。
呼び掛けてみても、玄関からリビングに伸びる廊下の向こうからは物音一つしない。不安だっただろう。
遠慮がちに玄関に上がったであろう菊を想像すると胸が痛む。
俺が鍵をかけなかったばかりに。
俺がインターホンに気付かなかったばかりに。
俺が菊の玄関での呼び掛けに応答しなかったばかりに。
だから俺は、部屋に入ってきた菊に大層驚いた。久々に聞いたドアノブの音に飛び上がった。
菊は部屋に足を踏み入れた瞬間に体を硬直させ、数秒後に悲鳴を上げた。それから足をもつれさせて尻餅をついた。
小柄な体が大きな音を立てて体勢を崩してしまったものだから、俺は慌てて立ち上がった。
「菊」
「……あ、あ………アーサーさ……」
「菊、アルフレッドを心配して来てくれたんだな」
「いや、嫌だ、そんな」
菊に歩み寄って助け起こしてやろうとすると菊は怯えたように俺を見た。
差し出した俺の手を払うように叩いて自分で立ち上がる。礼儀正しい菊にしては珍しい。
その足が異常に震えていることも不思議だった。どうしたのだろう、お化けでも見たような反応ではないか。
「アルフレッド、帰って来ないんだよ」
声は震えてしまったが、せめて表情だけでもと菊を安心させるように微笑んだ。
本当は俺だって姿を消したアルフレッドが心配で仕方なかった。どこへ行ったのだろう。おかしいな、なあ。
俺の心配を菊に悟られてしまえばますます不安を煽ってしまうだろう。そう考えた俺は自分の気持ちを押し隠すように笑って見せた。
しかし菊は顔を強張らせて混乱したように瞳を震わせた。
顔が引き攣っていたのだろうか、上手くいかねえなあ。なにもかも。
がくがくとまるで恐怖しているように震えながら(何故だろう、何を恐れているのだろう)後退する菊に、俺は一歩、また一歩と歩み寄っていく。
照明を消しているせいで室内は薄暗い。
「アーサーさん、あなた、あなたが」
「おかしいよな、アルフレッド。どこに行っちまったんだろう」
「嫌、そんな、あなたが…なんで………っ」
「電話の一つくらいくれたっていいのに」
「アーサーさん、わたし、あなたが何を、言っているのかわからない…」
「アルフレッドの行きそうな場所とか心当たりないか?なあ、菊」
「うあ…あ……」
「菊」
「嫌だ、ああ、ああ…アルフレッド君、ああ…アーサーさん、あなたが…あなたが」
「菊…」
「…………………この、」
「なあ、菊。俺、俺は―――」
俺の言葉を遮るように、俺を睨んで菊は叫んだ―――………。
「ひ と ご ろ し !」
質量と鋭さを持ってその言葉が俺に突き刺さった。
ゆるゆると顔を上げると、それはアルフレッドではない。菊でもない。確か、アルフレッドの同級生で菊の友人の。
先程まで座り込んで嘔吐していた子供は震えながら俺の前に立っていた。
菊の幻と同じタイミングで同じ言葉を発したその子供は、真っ青な顔で俺を睨みながら涙を一つ落とした。
デジャヴ。
こんな光景を俺は、ああ、あの時、菊はこうやって同じように、震えながら俺の前に立っていた。そして叫んだ。
それから、ソファーに力無く横たわる××と呆然とする俺を交互に見て、ぼろぼろと泣きながら、青ざめた顔で俺を睨んでもう一度言ったのだ。
そうだ、だから俺は、俺が、俺が
「アーサーがころしたんだ…菊も、アルフレ」
それ以上は聞けない。認めてはいけない。だめだ、だめだ、だめだ。
現実になってしまう。怖かった。だめだ。言うな。かっと頭が熱くなって、視界が真っ赤に染まる。
もう何がなんだかわからなくなった。聞きたくなかった。
とにかく聞きたくなかった。聞きたく…………そうだ、
俺は夢中で、フェリシアーノを引き倒しその小さく細い体に乗り上げて、力の限りその首を――――………。
そしてループ
被害者時間軸
アル→菊→フェリ(みんな子供)
(10.09.26ログ、11.03.21up)