汚点







高坂さんがだいぶ前に外人の男にナンパされて
NOOO!°・(ノД`)・°・ってなったというネタより発展させて。








あー、うっとうしい。


別にこのカフェがカップルばかりなのは構わない。だって内装は可愛いし、ケーキも美味しいし。
問題は私の目の前に座る男だ。これがオーストリアさんなら何て幸せだろう。
そうだったら私も行儀悪く頬杖なんてつかない。空いた左手のスプーンでかちゃかちゃ音を立ててミルクティーをかき混ぜもしない。
思わずため息を一つ零して正面の銀髪を見やる。俯いているから表情は見えない。いや、大体分かるからいいんだけど。
ぐすぐす、鼻を啜る音が煩わしいったら。あああ、もう。


「ちょっとプロイセン…」
「なん…っ、なんで俺なんだよぉぉ!」

顔を上げるなり叫んだそいつは、淡い色のテーブルクロスの敷かれたテーブルに勢いよく突っ伏した。
ごつんと頭をぶつけた音がしたけど、特に声もかけず無視した。
それよりも、衝撃にカップを落とさなかったことに安心する。うん、テーブルクロスも汚れなかった。セーフセーフ。


「お前、お前…俺が女に見えるか!?」
「気持ち悪いこと言わないで」
「どう見たって女にゃ見えねえだろ!どう見たって男だろ!」
「そうね。どう見たって女には見えないわね」
「なんで、なんで男にナンパされなきゃなんねえんだよぉ!」


そう、今回の問題はそこだった。

ていうか私の運の尽きでもあった。
街中で、男にナンパされているプロイセンという見たくもなかったシチュエーションに遭遇してしまったのである。
相手を殴ろうとしていたから、つい口を挟んで強引にプロイセンを連れ出した…ら、涙目で喚き出したので手近なカフェに飛び込んだ、と。
連れ出した後で放っておけばよかったなあ、もう。私はミルクティーを口にしながら後悔した。もう遅いんだけど。
プロイセンはどう見たって男だ。そんなに中性的な顔つきでもないし、背だって高いし。声を出せばはっきり男だってわかるだろう。


「イタリアちゃんとかよ、なんか可愛い感じだったら間違えるのもわからなくもねえよ!?」
「イタちゃんも今は男の子にしか見えないわよ…別に女に間違えられた訳じゃないでしょ」
「え」
「…最初から男ってわかった上でのお誘いでしょ、あれ」
「………」

私が指摘すると、プロイセンは青ざめた。いや、気づけ。
やっぱり自分が女に間違えられた故のナンパだと勘違いしていたらしい。
プロイセンはあのドイツの実質的な育て親でもあるし、騎士団の中で先陣をきって剣を振り回していた。
男らしさ、に関しては信念もプライドもあるのだろう。今は女々しく泣いている訳だけど。
大丈夫だ、10人いたらあんたを見て女だと思うやつは0人だ。言い切れる。


「よかったじゃない、女に間違えられた訳じゃなくて」
「ふぁ?…あ?ああ………いや、よ、よくねえ!よくねえだろ!」
「なによ」
「だって、だっておま…男にナンパて…」


いつまでも涙目でぶちぶち言うプロイセンに段々いらいらしてくる。
痴漢に遭った女の子かお前は。殴って喝入れてやろうか。…元々いらいらしてたけど。
あの場に割り込んだ私の方がよっぽど勇ましかったわ、と自分で考えて複雑な気持ちになる。
プロイセンをナンパしてた相手は三人、結構がっちりしてていかにもな風貌だった気がする。
いかにもって、あれね。そっち系だなあっていうあれね。
とはいえ、女の子としてはなんでナンパされるのが例えば私じゃないのかと。
いや、ナンパされたい訳じゃないけど!多分あの人たちは女に興味がないからなんだろうけど!
男、しかもプロイセンに魅力が劣ってるみたいじゃない!…と、そこまで考えて、ふとプロイセンを見る。
頭は残念だけど、顔はまあ…。黙ってれば銀髪に紅い目って要素だけで神秘的な雰囲気もある。腹立つくらい肌も白いし。
うん、頭が残念なことですべて台無しなんだけど。


「あんた目立つからじゃない?」
「目立つ!?俺のオーラ…そんなにすごいのか…」
「いや見た目。オーラって何よ。というかよく堪えたわね」
「え?」
「あんたって真っ先に殴りかかりそうなのに私が入るまで耐えてたでしょ」
「…ああ、お前それは…それ…ぐす」
「な、なんでまた泣くのよ!」
「泣くだろ!ヴェストの忠告守ってすぐに殴るのは我慢して…」
「自分の意思で気をつけなさいよ」
「尻撫でられたら!見ず知らずの男(複数)に!泣くだろ!」
「……………」


痴漢に遭った女の子という例えはあながち間違いではなかったらしい。
ここでようやく私はプロイセンに同情した。思い出して寒気を覚えたのだろう、顔を覆ってまた喚き出した。
よっぽど気持ち悪かったらしい。私が入らなければ相手を半殺しどころか殴り殺していたんじゃないかしら。
ていうか、私でも自分を抑えられる自信がない。絶対相手を5発くらい殴ってる。
それを考えたら、本当に頑張ったんだなあこいつ、とちょっと感心した。


「…ったくもう。そりゃつらかったわね、ショックだったわよね」


努めて優しく語りかけると、プロイセンはやっとわかったか俺の気持ちが!とかなんとか言って目をきらきらさせた。
それからもう何度も聞いた当時の状況と、愚痴とをものすごい勢いで話し始める。
私はこっそり時計に何度か目をやりながらうんうん、と頷いてやる。
そうしていたら段々、プロイセンの表情が明るくなってきた。

こういうときはとにかく口出しせずに吐き出させてやるのが肝心なのだ。これ教訓。






「あー、なんか腹減ってきた。帰るかなー」

一通り喋り倒したあと、プロイセンは大きく伸びをした。
先程までが嘘のようにすっきりとした顔だ。私は内心げっそりしてるけど。
必要だったのは慰めではなく話を聞く相手だったのだろう。


「お前さ、今日のこと言うなよ!」
「言わないわよ別に」
「俺の人生の汚点だぜ…」

二人分のお茶代の領収書をプロイセンに押し付けると、プロイセンは素直にそれを受け取ってレジに向かった。
いつもみたいに文句を言うものと思っていたから少し拍子抜けして慌てて服を引っ張って奴の歩みを止める。
訝しげに振り返ったプロイセンに、私はわたわたとバッグから財布を取り出した。

「い、いいわよ!自分の分は自分で払う!」
「はあ?俺そこまで金ない訳じゃねーぞ」
「じゃなくて!」
「こういうときは男が払うもんだろ」


そう言うと、さっさとまた歩き始めてしまう。
ジーンズに突っ込んでいたらしい財布を取り出す後ろ姿を私は呆然と見送る。
少し胸がどきどきと…してない!してないから!話聞いてやったんだから当たり前でしょ、うん!
誤作動起こすな心臓!







今日のことを口止めされなくたって私は口外しなかっただろう。
あいつはどうやらナンパされたショックに頭がいっぱいで気づかなかったみたいだけど、


「ちょっともう、探したんだから!」
「え、あ、ハンガリ…」
「今日は新しく出来たお店に一緒に行こうって約束したでしょ、ばか!」
「え、え?」
「彼女ほったらかして道草くってんじゃないわよ!ほら、行きましょ!」


あいつと恋人の振りをして助けてやったなんて、私にとっても人生の汚点なのよ!
















※これは普洪です


(10.10.22ログ、11.03.21up)