ハチとぽちと枢軸
枢軸がみんなでハチ公物語見て号泣するだけ
季節は真夏。日本では猛暑日が続き、今日もまた日光が散々と照りつけている。
コンクリートの建ち並ぶ街中では、アスファルトに跳ね返った熱気と上からの日射熱に挟まれた人々が汗を流しながら行き来する。
そんな街中を少し外れて歩いて行くと、ぽつぽつと木造の建物が入り交じる住宅地に出る。
緑の木々がさわさわと揺れる落ち着いた静かな場所である。
日本という国家の自宅はそんな場所にひっそりと建っている。
「ハチ……ッグス、何度見ても駄目です、うあああ…」
日本は、ティッシュの箱を片手に抱え、目を潤ませてテレビ画面を見つめている。
部屋の二ヶ所に置かれた扇風機がゆっくりと首を回す。
縁側に通じる扉を開け放っているため、風鈴の涼しげな音もよく聞こえた。
その音にザッ、ズビーと混ざる音は日本がティッシュを引き抜いて鼻を啜る音である。
ちりんちりん、ザッ、ズビーー。ちりんちりん、ザッザッ、ずびー。
表情が乏しいとよく言われる日本は結構な老体で自らお爺ちゃんを自称する程だ。
年を取ると涙もろくなるとはいうが、恐らくそれは関係がない。
鼻をかみすぎて、もう鼻も目も真っ赤だが彼は自分の風貌には構っていられないようだった。
昔から何度も見ているだろうこの映画のビデオを再生したのは家主の彼自身だ。
一人挟んでその隣にはタンクトップで逞しい二の腕を晒しているムキムキの男が感極まったように目頭を押さえている。
「クッ……うちの犬を思い出すな…俺も…まだまだ死ねない…」
彼はこの島国から遠く離れた、欧州有数の工業国、ドイツである。
綺麗にセットされた金髪の髪からは彼の几帳面な性格が伺えた。
彼の自宅には今や亡国となった、しかし今も非常に元気に暢気で気ままな隠居生活を送る兄、そして三匹の犬が同居している。
その犬がまた、ドイツの躾の賜物でもあるのだが、利口で凛々しく勇敢で、主人に忠実なのだ。
どんなに腹が減っていてもドイツが待てといえば馳走を前にしても微動だにせず待つ。
ドイツもそんな可愛い犬たちを毎日、自らの手で風呂に入れてやるしブラッシングしてやる。
餌も栄養を考えて厳選したドッグフードを与えている。
つまり彼は愛犬家だった。
ドイツの瞼の裏では、自分が万が一この世から居なくなった場合の犬たちの姿が映し出されている。
自分が居なくなり、帰ってこない…
そうなってもきっと彼の犬たちは玄関の扉の前に三匹きちんと並び、自分を待ち続け…………
またドイツの目頭に涙が滲む。
そのような非常事態になっても、彼の兄が存命ならば彼の兄が犬たちを世話するであろうし、
犬たちの躾は彼の兄も行っているため、恐らく彼の想像ほどの悲劇は起きないだろうが
それは今や主人を待ち続けて改札を見つめる犬が映し出された場面を目にしたドイツの頭に無かった。
その隣、つまりドイツと日本に挟まれて真ん中に座った男は、
日本がある日デパートで衝動買いした低反発クッションを抱き締めて涙も鼻水も垂れ流していた。
「ヴェェー!!は、ハチかわいそうだよぉおぉ!!」
彼はドイツと同じく欧州の一国であるイタリアだ。正確に言えば北部イタリアである。
ファッションの街を抱え、工業もなかなか発展している。普段から陽気に笑っている彼は、同時によく泣いた。
欧州のとある島国に睨まれては怯えて泣き、兄―彼と名を同じくする南部イタリアだが―に突然罵られながら蹴られては泣き、隣のドイツに怒られては泣いた。
年齢を考えると実は結構………なのだが、とにかく落ち着きがなく賑やかな性格をしている。
そんな彼は鳶色の目を日本以上に潤ませて、画面に見入り、役者が発言する度に亡き主人を待ち続ける犬の健気さを想い、声を上げて嘆いた。
いつもならそれを注意するドイツも、慰めてやるだろう日本もそれどころではなかった。
『ハチ、待っとったってお前の主人は帰って来んのや…』
『……………』
『寒いやろ、な、お前が死んでしまうで、ハチ………』
『キュウン…………』
『ハチ、それでも待つんか。ハチ………!』
『キュウン、キュウン…』
『呼んだってお前の主人は来ん……ううっ』
「「「ハチ…………ッ!」」」
三人が仲良く声を合わせて叫んだ。
日本はティッシュを新たに引き抜いて顔を覆い、ドイツは耐えきれないように目を画面から反らし、イタリアはだばだばと涙を溢れさせた。
奇跡のようなタイミングだった。
一列にテレビの前に座るそんな男達を日本の飼い犬、ぽちくんは困った顔で三人の背後から見つめていた。
しかし主人に似て空気の読めるぽちくんは、そっと席を外す。縁側から庭に出て、木陰に腰を下ろした。
ちっこい自称お爺ちゃんなアジアン男とムキムキなゲルマン青年と欧州勢ではやや小柄なラテン青年が、
このくそ暑い気温にも関わらず肩を寄せ合って小さなテレビ画面に見入っている異様な光景を遠くから見守ることにしたらしい。
今まで以上に犬を大切にしよう、という気分になった三人に、ビデオ鑑賞後大いに労られるであろうぽちくんは
さわさわと風に揺れる木々のざわめきを耳に、小さく一鳴きした。
ところで、日本の台所には今日三人で食べるのであろう素麺がいつでも湯がけるように準備がされている。
目を腫らせて三人で食卓を囲むこの後の様子を想像するとおかしな気持ちになるだろう。
しかし隣に用意された素麺のつゆ受け皿三つと三膳の箸、それから二本のフォークを見れば、微笑ましくもなるのもまた否定はできまい。
枢軸まじ可愛い………
多分イタちゃんあたりが日本のビデオ漁ってて首傾げる
「なにこれ?ビデオ…は…はち…なんたら…ニホンゴワカンナイ」
「(外国人のカタコトはいつ聞いても可愛いですね)ハチ公物語ですよ」
「ハチ公物語…モノガタリ…と読むのか…犬の話か」
「(外国人のカタコトはいつ聞い以下略)はい…………見ます?」
「見たい見たーいっ」
「まあ興味はあるな…」
「涙腺の準備はいいですか?」
「え?」
「ん?」
素麺は皆箸だけどイタちゃんが途中で挫折してフォーク。
ドイツは意地で頑張ってる
(10.08.06ログ、11.03.21up)