漫画「捨ててしまえばいい、」セルフパロであれから5年後の彼らです
(アル18歳、アーサー22歳)





「俺、この家を出ていくよ」

アルフレッドがそう言ったのは、7月4日―アルフレッドが18歳になる誕生日の朝だった。
ああ、ついにきたか。紅茶を淹れていた俺はぼんやりとその言葉を聞いていた。
予感は、随分と前からあった。

「出ていくって、どこに行くんだ」
「さあ、まだ決めてないけどずっとずっと遠くがいいな」

キッチンに立つ俺をすり抜けて、アルフレッドはリビングに向かう。
昨日、一ヶ月ぶりに帰ってきたははおや(そういえば俺は彼女を何と呼んでいただろう)は、
ヒステリックに叫びながら家具という家具をなぎ倒しぶちまけた。
毎度、帰る度に儀式のように暴れるのはもう止めてほしいのだが。
アルフレッドは、手慣れた様子で家具や散らばった物を片付け始めた。

「悪い。そっち終わってなかった」
「何で謝るんだい?あ、それよりコーヒーを準備してくれよ!」
「………紅茶ならすぐ飲めるぞ」
「紅茶ぁ?」

アルフレッドは此方を振り返り、眉間に少し皺を寄せた。
しかし、瞬きを何度かした後に頷いた。

「じゃあ、紅茶でいいや」
「………ああ」

もう一つカップを出しながら、いつの間にか俺の背を追い抜いた弟の後ろ姿を盗み見る。
あれが俺の生活の中心だった。高校生のとき―友人が一人もいなかった当時はアルフレッドだけが心の支えだったように思う。
ははおやにどんな暴言を吐かれても、金を投げつけられても、アルフレッドと生きていくために耐えた。
敢えて働かずに進学したのも弟のためだ。少しでも稼げる仕事に就くために必要なキャリアや知識を身につけなければ。
学費も奨学金で免除されていたし、アルバイトも始めて生活は随分楽になった。
親しい友人も何人か出来た。今は、地元の大企業に的を絞って就職活動を始めようとしているところだ。

しかしそれらはあくまでもアルフレッドが手元に居ること、それが前提だった。
そうだ、あいつはもう18になるんだ。そう思うとまるで胸に穴が空いてしまったような気持ちになる。
アルフレッドはここを出ていく。雛が巣を飛び出して空に羽ばたいていくように。
いつまでも、守るべき子供でいる訳がなかったんだよな。

「あー疲れた!やっと終わったよ」
「………ほら」

紅茶を差し出す。弟は席に着いてからカップを受け取った。
ははおやに似た空色の瞳、決定的に違うのは其処に宿る光だ。
此れは子供の頃から変わらない。俺には、少し眩しい。
そっと目を逸らした。

「さっきの話だけれど」
「………ああ」
「何処がいいかな」
「はあ?」

紅茶を啜りながらそう尋ねてきた弟は、俺の驚いた声に首を傾げた。
思わず裏返った声に、咳払いをする。

「俺に聞くなよ」
「だって君、知識だけは豊富じゃないか!あ、考古学研究できる大学のあるとこがいいな」
「知らねえよ…」
「まあ大体目星はつけてるんだけとね!」
「じゃあ聞くなよ!」

思わず大声を上げて立ち上がった、拍子に座っていた椅子ががたりと大きな音を立てた。
瞬間、部屋がしん、と静かになる。立ち上がった衝撃にかたかたかた、と俺のカップが揺れる音が響いた。


目の前に座る、俺の弟。
色々無茶苦茶で常識が無くて、少し生意気だけれど、明るくて真っ直ぐで、眩しくて、ああ、何度俺が救われただろう?
本当に、存在理由ですらあったんだよ、お前が幸せなら、俺はどうなったってよかった。
それなのに、どうしてこんなにかなしいのだろう?いや、これはかなしい、のだろうか?
アルフレッドが驚いたように目を見開いた。


「何で泣いてるんだい、君」
「泣いてねーよ…!!」
「ちょっと…うわっ鼻水…ほらティッシュ…」
「別に…泣いて…ねーけど……もらっといてやる……」
「君はほんとに面倒くさいなあ」

アルフレッドが笑った。

「だって、ほら。君の仕事先でも行ける大学が変わってくるじゃないか」
「は?」
「俺が行く大学も君が働く会社の場所も近いところじゃないと不便だろ?」
「……」
「君が早いとこ就職決めてくれないと、俺も大学決められないんだよね。大学自体はどこでもいいんだけど」
「ちょっと、まて」
「え?」
「その、出ていく、って………俺も一緒なのか?」
「え?」
「え?」


アルフレッドはパンに手を伸ばしながら、俺を見た。空色に映る俺はひどく間抜けな顔をしている。

「あれ、君、もう普通についてくるもんだと思ってたから」
「な、んで」

「だって、君、寂しいだろ?」









そう言うと、兄はぽかんと口を開けたまま固まった。
5年前、あの後ろ姿を見てから、この家を出て行くときは二人でと決めていた。だって、さあ。

「…でも、お前、この家が」
「いっそ、売り払っちゃえば」
「…あのひとが」
「あのひと、他に帰るところあるみたいだけどね。男が何人もいるだろ?」
「でも」

何事か言い募るアーサー。
昔から責任感が強くて、何だかんだで色んなものを捨てられない。
此処は空っぽなようで、アーサーにとってはしがらみだらけだ。
だけど、もう縛られる必要なんてないんだ。

「アーサー」
「……………」
「いつか、俺は本当に君から離れていく。だけど、まだ早い。もう少し猶予はあるよ」
「……そうか」
「うん」


そうだ、まだ早い。
端から見ていると、大人になって段々とアーサーの視野が広がってきたのがよくわかる。
俺の存在だけを頼りに生きていた彼が、少しずつ、漸く、俺を越えた先を捉え出したのが。
俺も兄も、まだ成長の過程にある。ゆっくり歩く時間はまだ、ある。
今じゃない、でも今に近いいつか、俺たちの道は少しずつ分かれていくのだろう。
だから、本当のいつかまで、もう少し一緒にいようか。


そのとき、心から笑って見送ってくれれば、俺は嬉しい。















弟離れと兄離れはもう少し先。
まずは一緒に一段階独立しましょう。そんな話。
これめりか誕生日話か?とりあえずまあ、たまにはアーサー君を幸せにしようと思いました。
実際はアルフレッド君はアーサー省みずに突っ走るくらいが好きだが
この話のアーサーは危なっかしい且つ健気(笑)なので優遇。
私は兄弟が好きだ。


(10.07.04ログ、11.03.21up)