とんでもパラレル。
何があっても引かない人向け。キャラがたくさん死んでます。
クローンは禁止されてるけど、アンドロイドや人工四肢はつくれる世界。
すーれんは研究所の研究者でした。









「あわわ、アルフレッド君……!」


よく晴れた朝だった。
アルフレッドは朝食後の珈琲を淹れていたところだ。
静かな朝を打ち破るようにキッチンに駆け込んできたのは一人の子供だった。
アルフレッドが畳んだ新聞をテーブルの端に置き、目を向けると、子供は鼻を啜った。紫の眼に涙が滲んでいる。

「しんじゃったんだ」
「またかい?」
「腕がもげちゃった」
「なんでまた」
「汚れてたから、きれいにしてあげようと思って」

赤い液体に濡れた手で涙を拭うので、子供の白い肌に生々しい赤の色が伸びた。
気付いて、慌てて彼は手を下ろす。これ以上顔を汚さぬ為ではない。彼の首に巻かれた淡い色のマフラーを汚さぬ為である。
アルフレッドが大きくため息を吐くと、子供は下ろした手を握りしめて俯いた。

「イヴァン、君、また力加減を間違えたんだ」
「そうみたい」
「そろそろどのくらいの力なら死ぬのかわかるだろ?」
「うーん…ごめんね」

アルフレッドは謝った瞬間に視線を逸らせたイヴァンの様子を見逃さなかった。
悲しむように泣いてみせても無駄だ。下手くそめ、嘘泣きがばればれなのだ。そう思った。
同時に、腹の底を抉るような怒りの感情がずしりと襲う。
しかし、ぐっと堪えた。それをぶつけるには、イヴァンの体はひどく頼りなく小さい。壊してしまいそうだった。
キッチンの入り口に立つイヴァンにつかつかと歩み寄ると、視線を合わせるように屈む。

「本当は?」
「なにが?」
「本当は、何で死なせたの?」
「………………」

イヴァンは目を細めた。元々騙し通せるとも思っていなかったのだろう。
そもそも騙そうと思っているのかも怪しい。アルフレッドはイヴァンのこの見え透いた演技が大嫌いだった。
嫌味なほど彼は自分の感情を表すことに素直だった。イヴァンの頬に付着した仲間の「血」にアルフレッドは吐き気がした。
彼が仲間を「壊した」回数は片手で足りないほどある。
イヴァンは確かに小さい体に似合わぬ並外れた腕力の強さを持っていたけれど、制御が出来ないほどではないはずだ。


「だって、僕をこわがるから」


イヴァンはそう言って、また顔を上げた。
かつてアルフレッドを見下ろしていた長身の成人男性であったときの彼と同じ色の瞳を潤ませる。
アルフレッドは乱暴に頭をがしがしと掻いて、眉を寄せた。そして子供に語りかけているとは思えないほど低く険しい声で唸る。
当たり前だ、イヴァンは子供ではない。本来はアルフレッドよりも少し年上の成人男性だ。


「……君、誰となら上手くやっていけるんだい。アーサーでも駄目だし、フランシスでも駄目だし、菊も耀も駄目だった!
 俺は一回に一体しか作れないんだよ!一体作って、次を作る前に君が死なせてしまう。何回も!
 ようやくもう一体…ルートヴィッヒが完成しかけて俺と君、フェリシアーノとルートヴィッヒで四人になるはずだったのに!」

「…………思うに」


地を這うような声でそう責められたイヴァンは少し考える素振りを見せた。
毒づくアルフレッドの言葉を聞いているうちに涙は引いたらしい。白々しい、アルフレッドは睨んだ。


「つくる順番をまちがえたんだ。アルフレッド君、きみ、僕を最後につくるべきだった」
「わかってるよ!後悔してる!」

髪をかきあげたまま頭を抱えてしゃがんだアルフレッドをイヴァンは見下ろした。
アルフレッドから、イヴァンがどんな表情をしているのかは見えない。見たくもなかった。
だから、ぎゅっと強く目を閉じた。どれだけ追い出そうとしたってこれは現実だ。

「僕をいちど、こわしたら?」
「………俺は、人殺しはしない。君とは違う」
「僕はもう脳以外、ひとじゃない。みんなだってそう。きみがつくった人形にすぎない」
「違う、………まだ死んでない」
「……………」

俯いたまま、消えるようにアルフレッドは呟く。それは、そうであるべきだと願っているようにさえも聞こえた。
ガラスの眼に映し出されるかつての同僚の姿をイヴァンはただ哀れだと感じた。
アルフレッドは、まだ認めない。認めようとしない。足掻いている、足掻いている、もがくように。
彼らの働いていた小さな研究所である日、原因は不明だが爆発事故が起きた。何があったのかは本人達にもわからなかった。
施設を半分ほど吹き飛ばしたあの事故で生き残ったのは実質アルフレッドとイヴァンだけだ。
アルフレッドは運良くかすり傷のみで済んだ。しかしイヴァンの身体は殆んど使い物にならなかった。
機械を利用してかろうじて呼吸ができるほど重体だったイヴァンは、事故から日にちを重ねるにつれ、確かに死に近づいていた。
痛みすら麻痺して、ついにイヴァンが意識を失い、次に目を開けたとき目前には青い瞳があった。彼はにっこりと笑った。


「君は一刻を争う事態だったから仕方なく、………仕方なく!最優先で身体を再現したんだ。ま、子供の姿になっちゃったけど。で、調子はどうだい?」



あれから躍起になって彼はかつての同僚たちを生き返らせようとしている。
彼らはアルフレッドにとっては幸運にも、揃って頭部―脳は無事だった。アルフレッドは、イヴァンと同じ要領で彼らから脳を取り出した。
その後、彼らの身体をDNAから子供の姿まで再現してあらゆる人工物で身体を再生し、脳を移す。

だが、彼らはやはり死んでいるのだ。


死んだ脳からは彼らは再生しなかった。
幼い姿のフェリシアーノがフェリシアーノのような口調で、フェリシアーノのようにイヴァンに笑いかける。
その不自然さに、アルフレッドは気付かないのだろうか?
違うのだ、彼は僕に怯えていた。恐らく心から。そして痛みに弱かった。小さな擦り傷にも情けなく泣き言を零す男だったはずだ。
千切れてしまった腕を見てきょとんと首を傾げたフェリシアーノを見ていられず、彼の首を絞めた自分は狂っていたのだろうか?
かつて再生された彼らもそう。最早彼らではなかった。姿は確かに彼らであるが、中身は彼らではない。
彼らはイヴァンを恐れなかった。微笑みかけもしなかった。無表情で、無感情で、無関心だった。
「僕をこわがるから」、本当はそんな理由でアルフレッドのつくる「仲間」を壊しているわけではないのだ。
皆、彼らにおぞましいほどそっくりなだけの、ただの人形だった。だから、壊すのだ。



自分の足元で頭を抱えるアルフレッドはきっと本当は気付いている。
しかし、身体を再生する技術も知識も持っている彼だからこそ、まだ認めない。本当はわかっているはずだ。

だから、自分を一番に再生させたのだ。
だから、自分を殺せないのだ。

イヴァンはまだかろうじてヒトだった、でもこの身体を壊してしまえば、恐らく彼らと同じ。
「なかみ」は死んでしまう。だから、アルフレッドはイヴァンを殺せないのだ。
今日イヴァンが絞め殺したあの子供の脳はまた丁重に保存されるのだろう。
あれはもう、彼ではないのに。

イヴァンはアルフレッドの髪に手を伸ばし、しかし赤く汚れた自分の手に気付いて、やはり下ろした。



―――彼は寂しいのだ。僕にはわかる。
僕が本当に死んだら彼は今度こそ一人になる。
だから彼は僕を優先せざるを得なかったし、今もまだ僕を此処に置いている。
現実を突き付けようとする僕が、彼が夢を見続けるためのたったひとつの手段なのだ。

彼が、人形をつくり、僕が、人形をこわす。

いつか本田くんに聞いたサイノカワラ、のようだ。石を積み上げては、鬼に壊されてしまうかわいそうな子供。
不毛なこのあそびはいつ終わるのだろう?
彼が耐えきれなくなって僕を壊してしまうか、それとも僕が僕自身を、



「イヴァン」
「なに?」
「…………何でもない」
「…………そう」


舐め合うことすら出来ない僕たちの傷は、どんどん化膿する。
このままでは壊死してしまうかもしれない。きっと、もうすこしずつ腐っている。
いつか彼と僕を飲み込んで、爛れていくのだろう。
くすりは、おそらくもう二人とも無くしてしまった。あーあ。













憎いのに、傍にいてほしいんだ



(10.09.18ログ、11.03.21up)