お
願
い
サンタさん
!
彼女に読める空気を!
※漫画「うそうそ」設定でにょ露とにょ日
はぁ、と日本さんがまっしろな息を吐いた。
それから肩を震わせて小さな体をいっそう縮こまらせる。
そうすると、ふわふわした淡い色のマフラーに口の辺りが隠れてしまう。
顔の鼻の頭と頬を赤くして、顎のラインあたりで切り揃えた艶やかな黒髪を冷たい風に靡かせながら彼女はロシアを振り返った。
「ロシアさん、明日はクリスマスイブですね!」
赤と緑をモチーフに、ほか様々な色に飾り付けられた煌びやかな店が並ぶ。
日本の街はすっかりクリスマスムードに包まれていた。道行く人々もどこか浮かれている。
ロシアは、きらきらと光る公園のツリーから目を逸らして、(本当は日本を気にしていたからツリーなど見ていなかったのだけど)少し首を傾げた。
「日本さんの家では、そうなるよね」
日本は嬉しそうに頷いた。ロシアのクリスマスは少し日本とは違う。
日本のクリスマスもだいぶ本来のクリスマスとは異なる、が、
本来のクリスマスが何たるかは今回この二人にはさして重要でもないので、ここでは割愛しよう。
「明日、隣町でクリスマスイベントがあるんですよ」
「何があるの?」
「夏祭りみたいに、お店がたくさん並んで…賑やかなんですよ。なんといってもメインは花火大会です!」
「はなび」
ロシアが復唱すると、日本もまた、花火、と繰り返した。
花火といえば、イメージするのは夏だ。
花火そのものを眺めるのはロシアも好きだが、この時期に花火か、とちょっと驚いた顔をした。
まあ、おかしいとは思わないけれど。
「冬の花火も綺麗なんですよ。見てる間、寒さも忘れて見とれてしまうくらい」
目を細める日本の視線の先には、きっと過去の情景がぼんやりと浮かんでいるのだろう。
私には、元気に公園を駆け回る男の子たちしか見えないけれど、とロシアは日本のほやんとした目を見つめた。
長身の彼女は小柄な日本を見下ろすことになる。
頭上からの視線に気づいた日本は、表情をまた緩めて、それから少し頬を紅潮させた。
「…で、ロシアさん、明日はまだ日本に滞在なさってるでしょう?よかったら、」
話の流れからその先は容易に予想できた。日本の色が伝染したように色白のロシアも、頬を少し赤らめた。
照れたように、それから少し緊張したように日本は予想通り誘いの言葉を口にした。
ロシアは、答えを返そうとして―ふと周りの様子に目をやる。
イベント事が近いからか、この公園がカップルばかりだったことにようやく気がついた。
手を繋いで、腕を組んで、肩を並べて…そうだ、街を行くのは幸せオーラ満開の浮かれたカップルばかりだ。
「…で…でもクリスマスって、日本さんのところでは何だか、恋人のための行事みたいなとこ、あるよね。日本さんは、彼氏とかいないの」
欧米ではクリスマスは家族と過ごす日だ。
けれど、日本はどこか違った。クリスマス商戦の多くは恋人のためのものだ。
ロマンチックなクリスマスを、そんな謳い文句も見かけた。
日本はロシアの言葉に瞬きをして、それから口元を押さえた。
ふわふわした手袋の下で日本は小さく、鈴が鳴るように笑った。
「そうなんですか、ね?家族や友人と過ごす方だってたぁくさんいますよ?
確かに恋人たちにとっても素敵なイベントですけど。ロシアさん、あなた、私にお相手がいないのをご存知なくせに」
意地悪ですね、と日本は茶化すように言った。ロシアは慌てて訂正する。
「違うよー確かに、知ってるけど…私は別に、からかうつもりじゃ…」
「冗談ですよ。ふふ、こんな婆さん相手にそんな色っぽいお話はありません。…あ、もしかしてロシアさん、誰かと過ごすご予定が?」
「え?いや、ないけど…えっと、だから、一緒に行きたいな」
ロシアが首を振って否定し、それから誘いを受けると日本は瞳を輝かせた。
白い息を吐き出して、優しげな雰囲気を纏って微笑んだ。
「では、明日はデートですね!!」
ロシアは曖昧に頷きながら、溜め息を吐きたくなった。
恐らくデートという表現に何の含みもないだろう。友人にふざけて言うような「愛してる」、そんなありふれた冗談だ。
戯れに過ぎないのだ。わかってる。これが彼女の駆け引きだったならば、どんなに嬉しいか。
けれど、彼女は色恋事には純粋で、不器用に思えた。
策士のような真似はできないだろう。もしもそうだったなら、私は自ら彼女の策に溺れにいくのに。
少し拗ねたように目を逸らすロシアに、日本は首を傾げながら空を見上げ、楽しみですねえと呟いた。
こういうときに、彼女は空気を読んでくれない。
(10.12.27ログ、11.03.21up)