● 
 

夢 

が 
 ち、






 

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私の幼なじみは変なところで現実的だ。

ああ、もう。だから嫌だったのに。私は頭を抱えた。
さっきまでリビングで機嫌よくクレヨンで絵を描いていた隣家の子供が大声を上げて泣いている。
両親が仕事でいないからと、今日一日預かった男の子。そして、その隣であわあわと慌てている幼なじみ。
私がキッチンに立った数分に何があった。
銀髪がおろおろと左右に動き、振り向いた赤目が扉に立つ私を捉える。
途端にぎくりとした幼なじみを睨み付けて、とりあえず二人の座るテーブルに歩み寄る。


「お、俺じゃねーよ!」
「あんたには聞いてない。ねえどうしたの?」
「う、う、だって、こ、この絵が変だってギルベルト兄ちゃんが」
「やっぱりあんたが原因じゃないの!」


私が思い切り耳を引っ張りあげると、ぎゃんぎゃん言いながら止めさせようと私の腕を掴んできたので、そのまま腕ごとテーブルに奴の頭を叩きつけた。
鈍い音が響いたけれど気にしない。だから、この子がいるときにこいつを家に上げるのは嫌だったのに。
厄介な事しかしないんだから。

私は啜り泣く子供の頭を撫でてあげながら、椅子に座る子供の視線に合わせるために膝を折る。
そして、涙に濡れた手を両手で包んで微笑んでみせた。

「絵、頑張って描いていたわね。私にも見せて?」

子供は戸惑ったように俯いたけれど私が首を傾けて、ねっ、ともう一度微笑むと、おずおずと絵を差し出してきた。
カラフルで、実に子供らしい絵だ。絵の中ではワンピースを着た女の人が花に囲まれて笑っていた。うん、この年の子供にしては上手いかも。

「すごいじゃない!とっても上手だと思うわ!」


私が素直に言うと、その子は涙の膜が張った瞳を見開いた。
その拍子にまたぽろりと落ちた涙を指で拭ってあげて、私は上手上手とまた繰り返した。
子供は鼻を啜りながら本当?と自信無さげに尋ねてきた。私がにこにこ笑って頷くと、子供は恥ずかしそうに笑った。
あ、可愛い。

「お母さんを描いたの」

なるほど、確かに絵の中の女性は子供の母親と似た綺麗な亜麻色の髪である。
すると、沈んでいた銀髪が跳ね起きた。

「だっから!俺は下手だとは言ってねーよ!変だって言っただっ…」

それを全部言わせぬうちに再び私は奴の頭をテーブルに叩きつける。

「ねえ、キッチンにケーキを用意したの。ここは私が片付けておくから、先に食べていいからね」

ぐりぐりと叩きつけた頭をテーブルに押しつけながら、私が微笑んで言うと、子供はケーキ!と嬉しそうに笑って駆けていった。
子供の姿が消えたのを確認して手を離してやると、額を赤くさせたギルベルトが再び跳ね起きる。

「何すんだよ!」
「うるさい!もーあんたってほんと馬鹿!」
「ちくしょう、マジいってぇ…!俺様の優秀な頭脳が損なわれたらどうする!」
「大丈夫よ、そんなもの初めからないから」
「何だと!てめ………」
「なぁに?」
「……何でもありません」

目を逸らした幼なじみを無視して、テーブルに放置された絵を手に取る。

「そんなに変かしら」
「変だろ」
「どの辺が?」
「人間の頭はそんなにでかくねーし、関節もそんな風には曲がんねーぞ。あと目もでかすぎる。足もちょっとみじけーな。あと足の甲はそんなんじゃ人体支えらんねーし、それから」
「わかった、もういい」

所詮子供の絵なのにここまで現実的に分析するってどうなの。
というか、描いた本人を目の前に口に出して指摘するのがもう馬鹿だ。
こういうところは昔から変わらない。無茶苦茶なことをやる割りに、「でも普通は」と考え方は変に現実的なのだ。

「乱暴者、女のくせにそんなんじゃもてねーぞ」

額を擦りながらまた呟いていたので、いらっとして机の上の辞書(お母さんたら、また出しっぱなし!)を両手で掴み、背伸びしてその頭に叩きつけた。
悲鳴をあげたのち、涙目で喚き出した幼なじみを私はむすっとして見つめる。



ところで、私の幼なじみは顔だけはやたらと整っているものだから女の子に大層人気があるらしい。物好きな!
そして、奴は告白されたらとりあえず付き合うようで…まあ、ギルベルトという男は口を開けば残念な感じなので長続きしないみたいなんだけど。
それにしたって、長くて二週間、最短一日はあんまりじゃないかしら。
それに、どうも毎回振られる訳でもないらしい。むしろ奴の方から振ることが多いのだと、この間フェリちゃんがジェラートを突っつきながら教えてくれた。
女の子、かわいそうだよねぇ。本命は別にいるくせに。
口の端にチョコレートソースをつけたままため息をついたフェリちゃんの口を拭ってやりながら、私は言った。

ほんと、救いようのない馬鹿だわ。




「私はあんたの素敵な彼女さんとは違ってどうせ可愛くないですよ!」

私がぷいと顔を背けて言うと、落ち着きなく体を揺らして何事か喚き続けていたその体がぴたりと動きを止めた。

「……妬いたか?」

伺うように私の顔を覗き込んでくる。即座にその横っ面を思い切り殴ってやった。

「いってぇ!」

がっしゃんごっしゃん。
余程気を抜いていたのか奴は簡単に吹っ飛んでしまった。
馬鹿らしい、こうして私を揺さぶっているつもりなんだから。私が嫉妬して告白でもしやしないかと夢を見てる。
ああ、甘い甘い!唸りつつ痛みに悶絶する幼なじみを見下ろしながら、私は腕を組み、鼻を鳴らして言ってやる。


「ばかじゃないの、さっさと現実に戻ってきなさい!」



そうしてくれたら、私だって。














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