食 卓










「遠慮せずに食べてね!」

イタリアはにこにこしながら皿を差し出す。スペインは自分の幸運を喜んだ。



この家に来たのは気まぐれだった。最近仕事に追われていたが偶然この近くに来たから、
久々に弟分のように可愛がっているロマーノに会いに来たのだ。
彼の家を訪ねると、あいにく本人はいなかったが彼の弟のイタリアはいた。
料理をしていたのか、ラフな格好にエプロンを着けている。扉が開いたときに、いい香りも漂ってきた。

「スペイン兄ちゃん!ちょうどよかったぁ、作りすぎちゃって困ってたんだよ」

返事をする前にイタリアに手を引かれる。
時間も昼時で、昼食をとっていなかったスペインは特に文句も言わず素直に従う。

「何か作っとったん?」
「うん、いい食材だから張り切っちゃった」

リビングに入ると、テーブルには幾つも皿が並んでいた。
ロマーノと食べるにしても少し多いのではないだろうか。
食欲をそそる香りにあふれた食卓。イタリアは機嫌よく、スペインの体を椅子に押し付ける。

「ああ、あのね。まだあるんだ。キッチンに。運ばなきゃいけないからその間、味見がてらちょっと食べてみてよ」
「え?ええよ、イタちゃん待っとくわ」
「いいよ、食べてて。あ、そだ。このお肉なんてどう?初めて挑戦する味付けなんだ」

そう言いながら、イタリアは小皿とナイフ、フォークを寄越す。
スペインは戸惑いながら大皿から肉を少しとった。
イタリアがキッチンに姿を消すのを見ながら、肉を口に入れる。

「!……おぉぉ…さすがやなぁ…」

肉はとても美味しかった。
少し甘辛く、噛み締めるほどにじゅわりと味が沁みだしてくる。筋張っていなくて柔らかく、舌触りもよい。
悪友の料理の腕前もなかなかだが、イタリアも料理上手だ。
舌も肥えているし、彼が上機嫌になるほどの食材たちだ。今日訪ねたのは運がよかった、しかし美味い。
スペインがふたくちめを口にすると、イタリアが皿を手に戻ってきた。
何かのソテーのようだ。既に料理がひしめくテーブル上に、何とか隙間を開けてイタリアはその皿を置いた。
それで最後だったのだろう。スペインの向かいの椅子に腰掛けた。

「どおー?」
「めっちゃ美味い!流石やなぁ」
「ほんと?やったー!嬉しいなー」
「あ、なぁ、これ何の肉なん?牛とか豚やないよね?」

スペインが自身の小皿に残る肉を指差す。
それにフォークを突き刺しながら尋ねる。イタリアは嬉しそうに笑った。

「ああ、それ。兄ちゃんだよ」
「へえー…はっ?」
「兄ちゃん」
「………あははー、イタちゃん、なにそれ。面白い冗談やなあ」

スペインは一旦言葉に詰まったが、すぐに笑ってみせた。
しかしイタリアはテーブルに肘をついたまま表情を変えない。
イタリアの笑顔を見て、スペインは顔を引きつらせた。
視線を落とす。照明に当てられて、鈍く照る肉。既に何口か、自分の口に消えた。
食道を通過し、胃袋の中にある。食卓には、よく見ると肉料理が多かった。
スペインは表情をなくし、イタリアと視線を合わせた。声が少し震える。


「え、ほん、ま、なん…?」


「あのね、兄ちゃん、よく言うんだ。俺なんか、って。何かおれにちょっと劣等感?を持ってるみたいで。
 俺はお前みたいに要領よくないし、不器用だしって怒るんだ。理不尽でしょー?
 うん、それはいいんだけどね、おいといて。
 おれは兄ちゃんのいいとことか知ってるから、そんなことで悩まなくていいじゃない、って言ったけど納得してくれなくて。
 おれは自分が兄ちゃんより優れてるなんて思ったことないのにさ。
 だって個体が違うんだから比べたって仕方ないじゃない!あんまり言うから、おれ言ったんだ。
 じゃあ、料理になればいいんじゃないかな、って。
 兄ちゃんとこはおれよりもあったかいでしょ、お日様によーく当たるでしょ。
 おれと兄ちゃん、食べたら絶対兄ちゃんの方が美味しいよって。だから、自信持ちなよって。
 そしたら、じゃあ証明してみせろって。だからね、ほら。
 でも困ったことに、兄ちゃんを料理したのはいいんだけどさ、おれを料理してくれる人がいないの。
 何で先に気づかなかったかなあ、あはは。仕方ないから、おれはフランス兄ちゃんにでも頼もうかな。
 ね、スペイン兄ちゃん、ちゃんと味わった?あとで食べ比べてね、ね?
 証明してあげてよ、兄ちゃんのために」



ぺらぺらと語ったイタリアをスペインは呆然と見ていた。イタリアは料理に手をつけない。
ロマーノが育ってきたのをこの目で見てきた。
目を合わせるために屈まなければいけなかったあの頃から、身長が伸び、声が低くなり、そして自分のもとから巣立っていった。
全て見てきた、その結果が目前に広がっている。数多くの皿の上で食べられるのを待っている。
じっとイタリアがスペインを見つめていた。



ああ、ああ、俺は―――






「あー!てめ!何先に食ってんだよっ!」

廊下に繋がる扉が乱暴に開かれ、ロマーノが足音荒く踏み込んできた。
スペインの前の皿を見て、不機嫌に叫ぶ。ぽこぽこ音を立てて憤慨するロマーノの背後からベルギーが姿を見せた。

「あらぁ、親分来とったん。今日この辺に来とるって上司から聞いたから
 一緒にゴハン食べたかったんやけど連絡つかんから諦めてたんよ、ねえロマー?」
「何度携帯鳴らしても出ねえし!帰ってみりゃお前、家主を差し置いて…っ」
「まあまあ、せやけど会えてよかったわー!此処に来てたんやね」

呆けていたスペインは慌てて尻ポケットから携帯を取り出した。
ロマーノとベルギーからそれぞれ何回か着信が入っている。音も振動も消していたから気がつかなかったのだ。いや、それよりも…。

「あれ、ロマーノ…あれっ?」
「?」

ロマーノは訝しげに眉をひそめた。
スペインがイタリアに視線を移すと、悪戯が成功したようにイタリアがぺろりと舌を出した。
それはイタリアに背中を向けられているロマーノとベルギーからは見えない。やはり冗談だったらしい。
3人、初めから自分を誘うつもりだったなら4人でこの昼食をとる予定だったのだろう。
この料理の量も、4人分なら納得できた。スペインは一気に脱力して椅子にもたれかかる。

「ああぁ~もぉ~!イタちゃん脅かさんといてやー!」

そんなスペインを見てベルギーとロマーノは顔を見合わせた。
しかし、彼らは空腹だったので自分たちも食卓に加わるべく、上着を脱いでハンガーにかける。
2人に聞こえないようにイタリアは、前のめりになって囁いた。

「ごめんね、うそだよ!」
「もぉー…びっくりしたわ!」
「ごめーん!でもさ…」

イタリアが面白くてたまらない、というように吹き出した。
スペインはからかわれたことに腹を立ててはいなかったが、少し口を尖らせる。

「あはは、あは!あーあ、おっかしい!ふふふ」
「何?そんな笑わんでよー」
「だってスペイン兄ちゃん、」


あくまでもフォーク、手離さないんだもん!


イタリアの言葉に、ようやく未だにフォークを握りしめていたことに気がついた。はっとして手離す。
かしゃん、と食器と金属がぶつかる高い音に、上着をハンガー掛けにかけて戻ってきたロマーノは行儀がわりーぞ、とこぼした。
ベルギーは、親分焦らんでも料理は逃げんで、と笑った。


そうして4人で食卓を囲む。
この肉美味いな、と珍しくロマーノがイタリアを褒めた。
少し照れたような様子のイタリアの頭を、ベルギーがロマーノに同意しながら撫でてやる。
スペインもまた、美味いと思いながら肉を食べたが、もう口には出さなかった。
禁断の果実をかじるアダムとイヴのような気持ちだ。薄暗い背徳感と高揚感。
サラダを取り寄せるロマーノの手を見つめながら、本物もこれだけ柔らかいのだろうか、と考えながら、ごくりと十分に噛んだ肉を飲み込んだ。










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(12.05.27up)