穴
と
嘘
※島国二人とも気持ち悪いです。ご注意を。
「もし、そこのお方。わたしの心臓、何処に行ったかご存じないでしょうか」
呼び止められて振り返る。其処には小柄な東洋人の男が立っていた。
左胸の辺りが真っ赤に濡れている。其処はぽっかりと穴が空いていた。
「……さあ、見なかったな」
「そうですか」
答えてやると、男は落胆したように息を吐いた。
「困ってしまうのですよね。最近気がついたら居なくなってしまって」
「穴を塞がないからいけないんじゃないか」
「嗚呼、ちゃんと毎回塞ぐのですよ。それでも駄目なのです」
「駄目って?」
「私の内側から、皮膚を突き破り楽しそうに跳ねて直ぐに何処かへ行ってしまうのです」
「それは困ったな」
「困っているのです、いけないいけない、何度言ったって聞かないのですから」
「へえ」
「嗚呼、呼び止めて申し訳ありませんでした、さようなら」
そして男は俺とは逆方向へとまた歩き出す。小さく、己の心臓を呼びながら。
その背中を見送って詰めていた息を吐き出した。
そっと胸ポケットから、赤く濡れた其れを取り出す。
ゆっくりと脈打つ其れは確かに生きている。
心地好い温かさを知ってしまえば、悪いが男に返すつもりにはなれなかった。
さて、今から籠を手に入れなければならない。
其れから、逃げる気にもなれない程頑丈な鍵と、籠に巻き付ける鎖を。
再び男が現れて、返せと言い募ってきたときのために銃を。
「大丈夫だ、俺がちゃんと飼ってやるからな」
意味を理解しているのかいないのか、男の心臓は変わらぬリズムを刻んでいた。
(10.04.10ログ、10.06.28up・若干加筆修正)