此方から見たら、それは突然だった。

「う、」

毎度のように会議が踊り、毎度のように騒がしくなる会場に
毎度のことながら喝を入れようと息を吸い込んだ瞬間、隣の黒髪がぐらりと揺れた。
続いて、かしゃん、とペンの落ちる音。
驚いて隣を見ると、日本が口元を押さえて苦しそうに体を曲げていた。

「……おい、日本?」
「あ、」

俺の声に目を覚ましたのか、日本を挟むようにあちら側に座って居眠りをしていたイタリアが、日本の様子に驚いて声をあげた。

「ん、あれ、日本?どうしたの!?」

日本は顔を真っ青にして、俺とイタリアを交互に見て、口をぱくぱくとさせた。
そのまま、がたんと椅子から崩れ落ちそうになったので慌てて支える。
その瞬間、 びくりと大きく日本の体が震え、気を失ってしまう。
異変に気付いた国々が何事かと駆け寄ってきた。

「何だい?あれ、日本どうしたんだ?」
「わからない、急に倒れたんだ!」
「と、とにかく休憩室に運べ!」
「ヴェ、日本~!ねえ、ドイツ、日本大丈夫だよね、大丈夫だよね?」

脱力した大人一人の体はなかなかに重い。
抱えようとするところにぐずぐずと心配そうに泣きながらイタリアがしがみついてくるので、軽く額を叩く。

「邪魔だ!日本はきっと大丈夫だ、恐らく働きすぎだろう」
言って聞かせるとようやく体を離したが、鼻を啜って泣き止まないので、俺は日本を抱えながら今回の議長に声をかける。

「アメリカ、日本を休憩室に連れて行くが、少しの間イタリアも抜けていいか? 」

アメリカはきょとんとして、笑いながら了承する。
まあ、イタリアはいつも実のない話ばかりしてへらへらとしている男である。
いてもいなくても議論の進行には大して影響がないのだろう。
会場を出る前に、中国が複雑な顔で此方を見つめていた。




休憩室に日本を運ぶと、一番柔らかいソファーに寝かせてやった。医務室はこの会議場にない。
ないというのも、つい二日前にどこぞの2人組が喧嘩ついでにふっ飛ばしてしまったからだ。
あのステッキには爆弾でもついているのだろうか。
休憩時間になれば賑やかになるこの部屋も今は静かだ。
クッションを日本の頭の下に敷いてやる。
苦しそうにしていた割に呼吸は穏やかだったが、顔色がひどく悪い。
過労死なんてものが社会問題になる国だ。勤勉な彼のこと、きっと働き過ぎて疲れたのだろう、と思う。
少し安静にしていれば大丈夫だろうか。


ふと顔を上げると、先程まで隣にぴったりとくっついていたイタリアの姿が見えない。
不審に思い辺りを見渡すと、奴はソファーの裏側に膝を抱えて座っていた。目を赤くしていたが、もう泣き止んでいるようだ。
イタリア、と声をかけようとしたが、先にイタリアがぼそりと何か呟いた。
小さな声だったため、よく聞き取れない。

「…何だ?」
「日本、」
「ん…?」

「本当に、ただの、過労?」

無表情だった。
いつもくるくると忙しなく表情を変える男が無表情で言った、抑揚の無い台詞に思わず沈黙する。
何故だか背筋に冷たいものが走った。