結局ほとんど進展しなかった会議は、惰性的に終了時刻まで続いた。
俺は、日本が休んでいるだろう休憩室に向かう。もしかしたら、ホテルに帰っているかもしれないが。
すると突然、後ろから勢いよく頭をはたかれる。
驚いて振り返ると、片手にハンバーガーを持ったアメリカが立っていた。
「ふみもひほんほひはふふほひはひ?」
「ああ!?わかんねーよ!飲み込んでから言え!あと人の頭をいきなりはたくな!」
ぐもぐもと奇妙な音を立ててアメリカが口を動かした。
咀嚼しながら口を開けるなんて下品な真似はしなかったので、大人しく待ってやる。
まあ、歩きながら食ってることには目を瞑ろう。
「んぐ、はー!美味しかった!イギリス、君も日本を見舞うつもりかい?」
「ん、まぁ…心配っちゃ心配だしな」
「全く日本は働き過ぎなんだよなー!」
「真面目だからなぁ」
「君みたいに適当にやればいいのに!」
「あ、の、な!少なくともお前よりは俺の方が遥かに仕事してるんだからな!」
「またまたぁ」
「冗談じゃねえし!」
そうこうする間に休憩室の前に辿り着く。
扉の横に二人のアジアンがもたれ掛かるように立っていた。
一人は見覚えがありすぎる顔だ。
ふと、視線だけこちらにやって、あっイギリス、と呟いたので唸るように声をかける。
「…香港、何かその、…久しぶりだな」
しかし、ふいと顔を背けられてカチンとする。
もう一度声をかけようとすると、 隣の少女が俯いたまま暗い調子で言った。
「日本さんなら、大丈夫、だから、入らないで下さい」
思わず、アメリカと顔を見合わせる。
「は?」
「体には異常、ないですから。っていうか、今日はもう帰った方がいいですよ」
少女の言うことがよく分からない。アメリカも怪訝そうな顔をしている。
とにかく、日本はまだ此処にいるらしい。
「台湾!」
がちゃりと扉が開いてひょこりと黒髪が飛び出した。
韓国だ。
「俺も外がいいんだぜ!すぐにそこを代わるんだぜ!」
韓国は首だけ出して口を尖らす。
「さっきは私が日本さんといたいって言っても兄貴の側にいる!って聞かなかったくせに!」
ぷく、と頬を膨らませて少女が言う。
すると、韓国は口を尖らせたまま目を逸らす。
「だって~…気が滅入るんだぜ。日本の奴が、めんどくさい病気になるからぁ… 」
「病気?異常がないんじゃなかったのかい?」
ぴくりとアメリカが眉を上げた。
台湾ばかり見ていて気がつかなかったのだろう、初めて扉の正面に立つ俺達の姿を捉えると韓国は目を丸くした。
そして扉を閉めようとしたので、俺達は同時に動いた。
俺は扉の隙間に足を挟み込ませ、完全に閉まらなかったその扉をアメリカが此方側に思い切り引く。
あ、
アジアンの少年少女たちが同時にそう漏らしたのを聞きながら部屋に踏み入る。
そこには、ソファーに腰かけてぼんやりする日本と、その正面に座って此方を険しい表情で睨む中国、それから難しい顔をしたドイツと、俯いたイタリアがいた
。
「騒がしいある」
「ち、違うんだぜ!俺はちゃんと止めたんだぜ!」
「……………静かにするよろし」
「これは…………?」
日本は体を起こしていて、顔色も普段通りだ。しかしこの部屋の雰囲気は 尋常ではなかった。
日本が首を傾げて中国を見て、それから中国の視線を辿るよ うに此方を見る。
それからまた、中国に視線を戻して苦笑した。
「中国さん、韓国さんをそんなに叱らないであげて下さいな」
「………………日本?」
アメリカが静かに呼んだが、日本は反応を示さない。アメリカの意見にはおおよそ追従する、あの、日本がだ。
日本はまた、ぼんやりとした顔で手元を見つめていた。
イタリアが、うく、と喉を引きつらせた。
「アメリカとイギリスも、だめかぁ…………」
「どういう、」
「声、姿。俺達の存在そのものを今の日本は認識しないようなんだ。中国や、韓国などはいつもと変わらず接しているのに」
固い声でドイツがそう言った。中国がちら、とドイツを見やる。
ドイツの言葉のよく理解できず、イタリアを見た。
ぽろぽろと泣きながら、イタリアは言った。
「日本ね、俺達のこと見えないみたいなの。声も全然、届かないの…………それどころか、覚えてすら」
まるで拒絶するように、俺達欧米諸国の存在を認知しない日本。
イタリアの言葉 に驚いたアメリカが、冗談だろう?と歩み寄ったが、
日本の肩に触れようとしたその手をドイツが止めた。
「俺が触れたからなんだ」
「え?」
「さっき、日本が倒れただろう。少し前に俺と手がぶつかったんだ。気を失ったのは、俺が体を支えたからで」
「どういう…?」
「俺でも駄目だったんだ、さっきね、日本が目を覚ましたときに俺が手を取ったら、すっごい苦しそうにし始めてね、」
「まるで」
「まるでアレルギーある。欧米アレルギー。」
ドイツの言葉を継いで、中国が溜め息を吐きながら続けた。
中国の言葉に顔を上げた日本が不思議そうに中国を見つめていた。
俺とアメリカはそろって言葉を失ってしまった。