目を開けた瞬間、眩しくて少し目を細めた。
見慣れた天井、此処はどうやら我が家のようだ。窓から朝日の光が差し込んでいる.
起き抜けのぼーっとした頭で視線だけで周りを見渡す。
はた、と私の顔を覗き込むイタリア君と目が合った。
互いに瞬きをして、数秒間沈黙する。
「ドイツー…………」
「何だ」
「ほら見てー、気のせいかなあ、俺ばっちり日本と目が合ってるんだけど」
イタリア君が私から目を逸らさずに言う。
「何だと?」
イタリア君の言葉の意味が分からず、私が頭にはてなマークを浮かべていると、 傍にいたのかドイツさんも私の顔を覗き込んできた。
「う、うわ!」
ようやく状況に気づいて、つい跳ね起きる。寝顔を見られたと思うと気恥ずかし くなった。
しかし、跳ね起きた軌道上に友人たちの頭があったものだから 、私は勢いよく二人に頭突きをすることになってしまった。
がつ、ごつっと続けて二つの鈍い音がして、三人で頭を抱えて痛みに唸る。
「……!!」
「いたたた…」
「ヴェ、ヴェ……」
「す、すみませ、」
衝撃にじわりと涙を浮かべたまま顔を上げれば、二人は額に手をやったまま不思議な表情をしている。
呆けたような、驚いたような。途端、イタリア君の顔がぐしゃりと歪んだ。
「に、日本、俺のこと、見えてる?」
「?…老眼はそこまで悪化していませんよ、イタリア君」
「俺の声は聴こえているのか?」
「聴こえていなかったら返事はできませんよ、ドイツさん」
二人の意図が掴めないまま、そう返すと突然全身ががくんと揺れた。
「ヴェェ!に、日本の馬鹿ー!も、もう俺、俺、うわぁぁん馬鹿ー!」
イタリア君にがっちり抱きつかれたのだ、と分かった瞬間に驚いて突き飛ばしそ うになる。
しかしどうも二人の様子がおかしいので、抱きついたまま軽く揺さぶってくるイタリア君をそのままに私はドイツさんの顔をちらりと伺った。
私と目が合うと、ドイツさんははっと表情を引き締めて―彼らしくなく、少し表情が崩れていたけれど―私に問う。
「ここ数日間のことを、覚えているか?」
「え」
何のことですか、と答えようとして間近にある茶色のイタリア君の細い髪の毛が目に入る。
紅茶のような、………………ああ。
「幼いイタリア君って、ワンピース、似合いますよね」
私がそう言い放ったときのぽかんとした二人の顔が面白くて、私はついつい微笑んだ。
外は未だに冷たい風がふいているけれど、窓から射し込む陽射しはひどく暖かかった。
「何だい何だい日本!あっさり回復しちゃってさ!心配したんだぞ!」
ぷりぷりと怒るアメリカさんがやって来たのは午後になってからのことだ。
ちなみに私は、イタリア君とドイツさん、それから中国さんと炬燵で寛いでいた。
茶を啜っていると玄関でものすごい音がしたので、慌てて見に行くとアメリカさんが扉を外し 、さらにそれを蹴り倒して玄関口に立っていた。
しかし気に留めた様子もなく、頬を膨らませて私を睨んでいた。
私はにこり、と微笑みかけて足元の床を指差した。
「アメリカさん、こんにちは。そしてちょっとそこに正座なさい」
「え?何でだい?」
「いいから正座」
「え?え?ちょ、日本怖い」
「何度言えば分かるんですか!我が家の扉は横にスライドさせて開くのだと!
何度目ですか!何度目ですか!貴方がこの扉を壊すのは!
いいですか、貴方暇になれば家に来てるんですよ!私の知人で訪問率が一番高いんですよ!
いい加減覚えませんか!?それを懲りずに毎回毎回…………」
「に、日本、その辺で……と、とりあえず入っていいか?寒いんだが…」
ふと顔を上げると居心地悪そうにイギリスさんが玄関口に佇んでいた。
それから、フランスさんがイギリスさんの背後からによによしながら、正座したアメリカさんを見下ろしている。
二人とも、それぞれ濃い茶と紺色のコートを羽織って いる。ああ、ついつい玄関先でお説教を。
お客様に寒い思いをさせてしまうなん て。
「い、イギリスさんにフランスさん!お二人ともいらしてたんですね!あ、どうしましょうか。お茶菓子を切らしてるんですよ。伺っていたらご用意いたしましたのに」
「いや、気にするな…って、は!?おま、日本にアポ取ってなかったのかよ!」
イギリスさんが慌ててアメリカさんに詰め寄る。
「だって今朝俺達のこと思い出したんだろ!?イタリアから連絡もらってすぐ、どうせ行くならサプライズにしようかなと思って!」
「おまえなぁ!……………っ、いや、すまない日本。俺からも一言連絡すべきだったな。何かその、焦っちまって」
「焦る?」
「あ!いや、えー!ああほら、お前が元に戻ったって知らせ聞いたからさ」
誤魔化すようにそう言われ、気にはなったが、彼の「元に戻った」という言葉に思わず目を伏せる。
「その節は、本当に申し訳ありませんでした。私、自分でもこんなことになるなんて思わなくて」
すると、フランスさんが私の頭を優しく撫でた。
視線を上げると、ドイツさんや アメリカさんとはまた違った水色の瞳とぶつかる。
「日本、俺達、謝ってほしい訳じゃないんだ。全身で拒絶されるほど嫌われてんのかなって思うとちょっとショックだったけど、
でもこうやってまた目を合わせて話が出来るのが嬉しいんだよ。何だかんだで長い付き合いだしね」
そう言われて、正座したままのアメリカさんと傍に立つイギリスさんにも視線をやると、二人とも少し眉を下げて笑っていた。
顔立ちは全く違うのに表情はそっくりだ。私は、まだ私の頭を撫でているフランスさんに視線を戻す。
「フランスさん」
「なぁに日本」
「いい加減頭撫でるの止めて下さい」
小さいと言われてるようで嫌です!と手から逃れようとすると、ふざけたフランスさんが頭をわしゃわしゃと乱してきた。
驚いて悲鳴をあげようとすると、先に隣で悲鳴が上がる。
「ちょ、しびれた!足痺れたんだぞ!何だいこれ!びりびりするくたばれイギリ ス!」
「何でさりげなく俺!」
カオスになりつつある玄関の騒ぎがようやく収まったのは、騒音を聞きつけたドイツさんが様子を見に来たときのことだった。
どういう訳か、その後ロシアさんもやって来た。
「本当によくなったんだぁ」
「………ええ、ちゃんと貴方の声も聴こえますし姿も見えていますよ、ロシアさ ん」
「ちょっとつまんないなぁー。何言っても怯えたり怒ったりしない日本君面白かったのに」
「貴方、私に何か言ったんですか!」
「ふふふー」
相変わらず、無邪気な笑みと黒いオーラを綺麗に組み合わせて微笑むロシアさん。
こんな笑い方出来る人滅多にいませんよ。
「でも、やっぱりこうやってお話出来るのが一番楽しいね」
そう言って、柔らかく微笑んだロシアさんの顔を見るのは初めてで、私は改めて言う。
「ええ。ちゃんと貴方の声も聴こえますし、姿も見えていますから。お話も出来ますね」
しかし、私の様子を見に来て下さったのは嬉しいのだけれど、どうして一気に押し寄せてくるのか。
私はため息を吐いた。確かに我が家の炬燵は小さくはないが、炬燵は八人でぎゅうぎゅうに入るのは狭い。
広めのテーブルがある客間にお通ししようとすれば、皆さんは炬燵がいいと譲らない。
仕方ありません、炬燵には魔力がありますものね。
「あ、そう言えば炬燵机が押し入れにもう一つあったはずです。あれを出しまし ょう」
そう言って立つと、珍しくイタリア君が駆け寄ってきた。
「俺とドイツが行くよ!日本は座ってて!」
「え、でも」
「寝室の隣の部屋の押し入れだな」
「そんな、お任せする訳には」
「ねえ日本ー、フランス料理と中華どっちが食べたい?」
「中華あるな日本!」
「え、何ですか急に、ああイタリア君、ドイツさん、結構ですからってああああ 」
「まあ座っとけよ、日本」
「イギリスさん…」
「なぁ日本、……スコーンでも作ろうか?」
「結構です」
「即答すんなばかぁ!」
「で、どっち?夕飯作ってあげるよ」
「やっぱり皆さんここで召し上がるつもりなんですね…」
「まさか今来たばかりなのに帰れなんて言わないよねえ」
「言いません!言いませんからロシアさん!えっと、では…」
「中華あるか!」
「…いえ、そうですね、せっかく皆さん揃って食事する訳ですから」
「ですから?」
「……鍋にしません?」
「おー鍋か!いいね、暖かいし」
「鍋は大賛成だけど、鍋やると日本がうるさいんだぞ」
「鍋将軍の起源は私です」
「マジ?」
「実にすみません。爺の冗談です」
「いやー鍋将軍なのは本当だろう日本!いつも細かくてうるさいじゃないか!」
「貴方はいつも適当すぎるんです!」
「さて、そうと決まれば買い出し行くか」
「あ、では私がががっ、苦しい!アメリカさん苦しいです!」
「日本は俺とここでゲーム対決するんだぞ!」
「重い荷物持てる奴がいいな、ロシア、一緒に来てくれるか?」
「いいよー」
「軽っ」
「いやお前も来いよイギリス。買う物多いんだから」
「わ、分かってる!指さすな!」
「そんな、申し訳ないです!駄目です!」
「こういうときばっかりはっきり意見言うんだからなぁ君は!でも反対意見は認めないんだぞ!さあハンドルを握るんだ日本!」
皆さんが優しすぎて怖い。
しかし気がつくと私はアメリカさんの操る赤い帽子の配管工おじさんに甲羅を三連続投げつけていた。
すっ転んだキャラクターを追い抜いて、ピンクのドレスを着た姫が華麗にゴールする。
いつの間にか炬燵を運び込み、二つの机を並べてセットしたドイツさんとイタリア君、それから中国さんが背後からゲームを観戦していた。
「んもう!何であそこで甲羅を投げてくるんだい!勝ったと思ったのに!日本、 もう一度!」
「容赦ないあるね…」
「ヴェ、日本無表情で怖いよー」
「しかし実際の車であそこまで機敏に動けるものなのか?」
はっと時計を見る。6時ちょっと前。
米を炊いていませんでしたと呟いて立ち上がると中国さんが、もう炊いてるあるよと返す。
つい中国さんの顔を凝視してしまう。だって、あの中国さんが。
「…すみません」
「何で謝るんだい」
「だって、私。こんなに気を使わせてしまって。それなのに貴方達のこと、すっかり忘れて 、それどころか」
「気なんて使ってないんだぞ!」
「いえ貴方は使ってるつもりないでしょうけど」
「日本は深く考えすぎだよ~」
イタリア君が明るく言った。
「今、ここでこうやって笑ってることが大切なんだよ」
「イタリア君…」
「考えてもみろ、日本の横で玩具のハンドルを握っているそこの男は俺達のかつての敵だぞ」
「敵じゃない!ヒーローだよ!」
「お前ちょっと黙るある」
ああ、そうだ。私たちは、そういう存在だった。柵に囚われているようで、とても自由、なのだ。
現実的には複雑な事象が私たちを取り巻いているのだけれど、私たちの感情やこころは民の感情も土地も関係ない、私たち自身のそれなのだ。
だって私はこんなにも、彼らが愛しい。
ちら、と今回私を支えてくれていたらしい兄のような存在に視線をやる。
ぷい、とそっぽを向かれたが、彼がとても優しい目をしているのに気がついて私はつい笑ってしまった。
「日本」
イタリア君が微笑んだ。
「おかえり!」