ようやく涙を拭って、顔を上げる。
ふと、隣に小さな気配を感じた。もう、気配だけで分かる。
「きくさん」
あの少女だ。
少女は私の真横に立って十字架を見つめている。
久々に、出会ったときと同じ高さから少女を見下ろす。
「きくさん、ここはちがいましたか」
「ええ、ここでは」
「そうですか」
少女は一歩進み出て、頭の小さな花を一輪だけ抜き取り百合の傍に供えた。
それから立ち上がり、体を反転させる。私と向き合う形で少女は私の顔を見上げた。
「きくさん」
また、呼ばれる。
私はしゃがんで彼女と視線を合わせた。するとふわり、と抱きしめられる。
目を赤く腫らせた私を慰めるように、ぽん、ぽんと小さな手が私の背中に優しく触れる。
私は少女の鼓動を微かに感じながら、静かに目を閉じる。
「しってますか?わすれてしまったら、ほんとうにあえなくなってしまうんですよ」
しっていますよ、痛いほど。
遠ざかる意識の中、きちんと返答できたかどうか、私には分からない。
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